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681. 「合理的」のいろいろ (2017/6/23)

【合理的な理由で非合理】

人間の意思決定にはさまざまな偏りがあります。もっともよく知られているのは、おそらく損得に関する感覚が対照的でないこと。

われわれは、たとえ確率的に不利でも確実な得を好む(リスクを回避する)一方、一か八かの選択を迫られると賭に出る(リスクを愛好する)傾向があります。

しかし、経済的・確率的に合理的でないとはいえ意思決定に一貫性があること、結果的に人類が生き延び繁栄していることを考え合わせると、それらの偏りには何らかの適応的な合理性があってもおかしくないでしょう。パスカルの有名な言葉はそれを示しているのだと思います。

『感情には、理性にはまったく知られぬ感情の理屈がある。』(ブレーズ・パスカル

できるかぎり、確実に生き延びられる道を選ぶ。その道が断たれ、好転が望めないのであれば、退路を断って起死回生を図る。もしかしたら、人類においてはそういう「感情の理屈」が、個体として生き延び(て種を維持す)るという観点からは合理的だったのかもしれません。

東京大学大学院の遠藤 利彦氏は、著書『「情の理」論: 情動の合理性をめぐる心理学的考究』で、次のように述べています。

『(引用者注:情動的判断の)今ここでの非合理性の背後には、長期的視座からすると、むしろ高い生態学的な合理性が潜んでいると言えるのかも知れない。』

余談ながら、今ここ(つまり短期)と長期で合理性の基準が異なるかもしれないという記述を読んで、トランプ米国大統領を思い出しました。彼の非合理的に見える言動は、交渉相手に警戒感を抱かせ情報を引き出すための合理的な戦術ではないかという指摘があります。氏の真の意図はともかく、われわれは意図的に「合理的な理由で非合理」な言動を選ぶことがあります。

【合理性の基準】

では、合理性の基準にはどれほどのバラエティがあるのか。『「情の理」論』に寄りかかってまとめてみます。

大まかにいえば、まずプロセス重視(義務論)か結果重視(結果論・帰結主義)かという考え方があり、結果論はさらに4種類のものさしがありました。

  • 【A. 義務論】 遵守すべき義務としての規範に対して行為が叶っているか(行為の結果・帰結は問われない)
  • 【B. 結果論】 行為がもたらした結果・帰結はどうか
  • 【B-1. 結果論-真理】 行為の帰結が、真理(普遍的な意味で人がなすべき行為として仮定した絶対的な基準)にかなっているか
  • 【B-2. 結果論-欲求の充足】 行為の帰結が人の欲求を満たすものか
  • 【B-3. 結果論-ウェルビーイング】 行為がその人の心身の健康や安寧に資するか
  • 【B-4. 結果論-適応度】 行為が生物学的な適応度に適うか(生涯をトータルで見て遺伝子の維持・拡散に寄与し得るか)

ここから連想したのは、ある論文から引用した次のリストです。

  • 規範的な観点(決定に至ったプロセスが合理的に説明可能か)
  • 客観的な観点(結果と照らし合わせて正しかったか)
  • 主観的な観点(結果に満足しているか、後悔が少ないか)

決定を振り返る3つの観点 - *ListFreak

これを先のリストとを合わせて整理するとわかりやすくなりそうです。

・義務論=規範的な観点
・結果論
・・客観的
・・・真理
・・・適応度(←個人の主観を超えた基準なので)
・・主観的
・・・欲求
・・・ウェルビーイング

合理的か、理にかなっているか、といっても、その「理」にこれだけの幅があります。どれか一つだけに沿って考えればよいわけでもないし、そもそもこのリストも人為的な整理にすぎません。

情動的判断に(おそらく)奥深い合理性があるように、非合理的なように思える意見にも、当人なりの「理」があることでしょう。文字通り「理を合わせる」作業をていねいにやることで、より深い合意形成に至れるかどうか、試してみたいと思います。


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