チェンジモンスター―なぜ改革は挫折してしまうのか?

kojiさんのライバル?のボストン・コンサルティング・グループによるコンサルタントの知見から書かれている本です。

アメリカの大企業改革の2つのケースを例にとって、改革の進め方や、改革の段階に応じての失敗しやすい点などを、ストーリー形式で紹介しています。

かなり大げさな記述がちょっと鼻につく感じで、正直僕にはあまり面白い本ではありませんでした。が、「チェンジカーブ」を想定して、現在自分の改革がどの段階にいるかを考えながら次に打つ手を決める、という方法論は、なかなか役に立ちそうだな、と思いました。

この本での一番面白かったのは、2つのケースについての説明がすべて終わった後の最終章にあった、作者の女性自身の経験談のところでした。離婚、シングルマザー、実家での癒し、銀行への就職による職業への自信、コンサルタントへの転身、成功というのが、とても心打たれました。むしろこちらを例に本を書けば良かったのにという感じ。

「補論:日本企業への処方箋」は蛇足ですね。

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作成: 2003/8/11 by:nfujishima


A-3 (自分)仕事力を伸ばす

コメント一覧

Re: チェンジモンスター―なぜ改革は挫折してしまうのか?
 
koji 投稿日時 2003/8/11 8:44
いやいやライバルだなんて。

引用:
「補論:日本企業への処方箋」は蛇足ですね。
笑っちゃいました。同じ企業が訳した『クラウゼヴィッツの戦略思考』の書評に、同じようなことを書きましたので。
引用:
# 各部の最後に「日本のビジネスマンへの示唆」という短文が挟まれていますが、これは蛇足のようです。
本業であるコンサルティングのセールスもちょっとやりたいというスケベ心なのかどうか分かりませんが、なぜこのような構成にするのか不思議です。

読む側からすると、せっかく本の流れに乗っているところを邪魔されたようなイライラ感を感じました。

せっかくですから(?)、このイライラ感の出所を考えてみました。

読書の愉しみは、やはり「発見」にあると思います。本から受ける刺激は読者によって様々ですが、なんにせよそれは自ら発見するものでなければ楽しくないし頭にも残らない。子供と一緒に童話を読んでいて、最後に「ね、このイジワル地主さんみたいに人の気持ちを考えない人はしっぺ返しを食らうんだよ」みたいなことを親が付け加えるようなものです。それは本のメッセージには違いありませんが、なんとしても子供が自らの発見と思えなければ童話の意味が無い。

黒子たる訳者が各章の最後に登場して、「処方箋」や「示唆」を語るという構成は、この「自分で発見する」プロセスを壊しています。そこが余白だったならば、自分なりの発見を振り返って自分の言葉にしていけたのに。

先日読んだ(10度くらいの斜め読みでしたが)『家族、積みすぎた方舟』という本は、(難しい)本文は本文としてあり、そのかわり監訳者の上野千鶴子さんの「解説」が40ページも付いています。その解説で本文からの引用を丁寧に行いながら自分の見解を述べたり、日本での事情を捕捉したりしています。

訳書における訳者の態度としては、こちらの方がはるかに望ましいと思いました。完結した本を読むというパーソナルな体験を尊重してくれていますし、一応自分なりの発見をし、自分なりの見解が出来上がったところで「解説」を読むことで、訳者の見識の高さもより理解できようというものです。

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