一生現役 ― ドラッカー氏と江崎氏

コラムのネタになりそうなのでメモ。

ノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈氏(79歳)が芝浦工業大学の学長を辞任するというニュースを読みました。
引用:
 江崎氏は書面で、大学改革やキャンパス移転などの懸案に一応の区切りがついたことを挙げた。今後は「最新の知を充電し、これからの人生を設計したい」としている。
(2005/1/28 日本経済新聞 朝刊、太字は引用者)

そして同じく日本経済新聞で今日から始まった、ピーター・ドラッカー氏の「私の履歴書」。95歳の氏はこう語っています。
引用:
秘書はいないけれども、スケジュール管理はいつだって自分でやってきた。今も手帳は数カ月先まで仕事のスケジュールで埋まっている。(略)私には「引退」という言葉はない。
(2005/2/1 日本経済新聞 朝刊、太字は引用者)

・個人的には羨ましい話。

・世界的に有名な方々だから仕事があるが、誰でもそのように恵まれた環境に身を置けるわけではないと指摘することは容易。

・しかし、一生現役でやり続けたいと思うことに集中してきたからこそ抜きん出た成果を挙げ、今の地位を築けたのではないか。

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作成: 2005/2/2 by:koji


koji

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「仕事」とは?
 
nfujishima 投稿日時 2005/2/2 10:06
kojiさんのコメントの

引用:
・世界的に有名な方々だから仕事があるが、誰でもそのように恵まれた環境に身を置けるわけではないと指摘することは容易。

・しかし、一生現役でやり続けたいと思うことに集中してきたからこそ抜きん出た成果を挙げ、今の地位を築けたのではないか。

の部分を読むと、歳をとっても、有名であったり、高い地位があったりして、人から十分な報酬を伴う仕事の依頼があるようでないと、「現役」とは言えないというように読めてしまいますが、別に有名でなく地位もなくても、「仕事の現役」で居続けることは可能ではないでしょうか。

自分の持っている知恵や能力で、社会に貢献することができ、それを人から感謝されている状況であれば、その行動を「仕事」と呼び、その状態を「現役」と呼んでも、全然問題ないように思います。

社会貢献の方法なんて無限にあるのだし、誰でも意志(と忍耐力かな)さえあれば、可能でしょう。
Re: 「仕事」とは?
 
koji 投稿日時 2005/2/2 10:58
引用:
自分の持っている知恵や能力で、社会に貢献することができ、それを人から感謝されている状況であれば、その行動を「仕事」と呼び、その状態を「現役」と呼んでも、全然問題ないように思います。
ですね。ただ、メシを食っていかなければいけません。感謝される仕事をすることと、仕事で食っていくことはまた別の話です。その折り合いが難しいなと。

例えば、組織を退かれた方が、持てる知恵や能力を発揮して無料メルマガを発行して多くの人に感謝されている状態は、たしかに仕事をしているし現役と読んで差し支えないと思いますが、仕事のポートフォリオとしてはそれだけではまずいわけです。
Re: 「仕事」とは?
 
nfujishima 投稿日時 2005/2/2 15:40
引用:
仕事で食っていくことはまた別の話です

現在のkojiさんや僕みたいに、仕事で家族を養っていかなければならない環境であればその通りですが、少なくとも、江崎玲於奈やドラッカーは違うでしょうし、普通の人にとっても、高齢になってからの仕事というのは、やはり違うのではないでしょうか。

「生活を維持する」ための経済力は、サラリーマンで言うところの定年までの年齢に、貯蓄と運用で蓄積しておくことを前提として、「生涯現役」でいるための仕事は、報酬はもらってもいいけれど、少なくとも仕事の目的としては純粋に社会貢献というのが、あるべき姿なのでは?

60歳を大幅に過ぎても、食うためになお働き続けている(自分の意志では仕事をやめることができない)というのは、「生涯現役」という言葉から受けるイメージとは、ずいぶん違うように思います。


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