TechyTex : 思索の“駅”に立ち戻る
■ところで、─────────────────────────────
連休中にも関わらず家で仕事、という現実からの逃避の一環として、家にあった「シックスセンス」のDVDを観る。
この映画のカラクリはすでに知っているのだが、改めて最初から通して観てみると、この映画の計算され尽くした演出や人の心理に訴える工夫が随所に盛り込まれていることに感嘆する。
DVDの特典映像にはいわゆるメイキングが収録されており、シャマラン監督のこの映画に対する思い入れやこだわりなどが語られるインタビューでより深く味わうことができる。
4年ほど前、同監督の次の作品「アンブレイカブル」を劇場で観た。順番的にはこちらを観てから「シックスセンス」をDVDで観たのだが、「アンブレイカブル」のパンフで語られていた、自信に満ちていながらも奢らないシャマラン監督の映画に対するひたむきな姿勢には強く惹かれる。
彼はパンフの中で以下のように語っている。
引用:
人生に何かが足りないと感じていて、今よりももっと何かすばらしい使命があると思っている。しかし何かが原因で、それをしないでいる…。
映画を作っていないときは、目覚めるとなぜか悲しい気持ちになった。そんな気持ちで、それからの人生を毎日迎えるのは嫌だと思ったんだ。
今はとても平穏な気分だ。なぜなら、私は自分自身がやらなければならないことをやっていると感じているから。
■すると、──────────────────────────────
この一節を読んだのは今から4年前。当時は会社を辞めて1年ほど経った時期で、自分のやりたいことで食っていこう、と考え続けていただけに、彼のこの言葉には勇気づけられるとともに、尊敬の念を抱いた。
今日、再びこのパンフレットを出してきて読み返してみた。4年たったが、現状はさほど変わったようには思えない。相変わらず「いま自分がやっていることは本当に自分がやりたいことだろうか」という自問自答を繰り返しながら日々を過ごしている。
でも、周りから見たら「やりたいことをやっている」ように見えるかも知れない。そう言われればそうかも知れない。自分の変化というものはなかなか自分では掴みづらいものだから、時折こうして思索の“駅”に立ち戻って見ることでそれを窺い知ることができるのだろう。
シャマラン監督のメッセージという“駅”に初めて降り立った時と、今回久々に再訪してみた時とでは、抱く思いが微妙に違う。“駅”はずっと昔からそのまま変わらないが、自分は時とともに変化している。その変化を知るうえで動かぬ“駅”は役に立つ。
■考えてみると、───────────────────────────
昨年春に“展職”をして1年。その時のエントリーには以下のようなことを書いた。
引用:
客観的に見れば、最初に副業ありきの正業就業である。副業の経験が正業に活き、正業の知識が副業で役に立つのなら、両者は必ずしも非同期である必要はない。むしろ、シンクロしていた方が自分の可能性を拡げるには都合が良いかも知れない。
当初は3年くらいは続けるつもりだったが、1年でメドがたった(というか、メドをたてた)。ポイントは、
1.新しい業務フローが得られた(=新たな自分の商品が増えた)
2.新しい人間関係ができた(=新たな自分の活かしどころが見つかった)
3.入った会社から引き続き業務請負の形で仕事の継続が決まった(=新たな関係が始まった)
といったところで、展職の所期の目的「自分の可能性を拡げる」は果たせたと考え、動くことにした。動いている最中というのはいつも霧の中なもので、動いてしばらくして振り返って初めて自分の足跡を確認できるものだと改めて思う。
この足跡を眺めながら、次なる「動く」を考えたい。この気づきを与えてくれたシャマラン監督に感謝。
■ということで、───────────────────────────
折に触れて自分が感銘を受けた言葉に立ち戻り、行く末を描き直そう。
【どうしてTechyTexをつづるのかというと・・・】
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